ねじ式のあらすじ・考察

メメクラゲに左腕の血管を噛まれる。


血管の切口と切口を右手でくっつけているところ

医者を探して村へ。村人とのかみ合わぬ問答。

傷口の蠅が・・・!

腕が腐りかけている!かなり怖い・・・


汽車に乗るも、また逆戻り。

「夏はいいものですねさわやかな風鈴の音をききながらドライブをするなんて」「こういうところをひと目母にみせたかった」

目医者ばっかり・・・「どんな医者をさがしとるのかね」「産婦人科ですできたら女医が絶対必要なのです・・・そしてビルの一室で開業していたらなお好都合なのです」

金太郎飴ビルと産婦人科。「たしかに金太郎アメは新機軸ですこのアイデアはぼくの母も考えていたものです」「もしかしたらあなたはぼくのおッ母さんではないですか」「その秘密はきっとこの桃太郎のデザインにあるのでしょう」「そのとおりです桃太郎ではあっても実は金太郎なのです」


金太郎アメで別れの挨拶。

「死なんて真夜中に背中のほうからだんだんと・・・巨人になっていく恐怖と比べたらどうってことないんだから」 お医者さんごっこ、そして手術。

「ちょっと待って下さい麻酔もかけずにシリツをするのですか」「そんなむちゃな」「あなたは乱暴な人ですね」かなり官能的??な麻酔で手術成功。

「そのねじは締めたりしないで下さい 血液の流れがとまってしまいますから」

「そういうわけでこのネジを締めるとぼくの左腕はしびれるようになったのです」 所謂シュールレアリズムとでも言おうか、ねじ式はともかくシュールな作品である。脈絡の無いストーリー展開と決して有り得ない内容に虚構の面白さが突出している作品である。死と言う大きな大きなテーマに向き合いながら、単に冗談としか言いようの無い主人公の言動、欲望、更には村の人々の描写。 本作品は「つげ義春の世界」が凝縮しているように思う。